CHALLENGE 8

2008 -  2009

 斉藤 実のChalleng 8 
横浜開港150周年推進協議会後援
横浜市開港150周年・創造都市事業本部後援
横浜市商工会議所後援

単独無寄港西回り世界一周への挑戦


 

ごあいさつ

私は、去る2006年7月14日、米国ロードアイランド州ニューポート市に あるヨット・ミュージアムでのシングル・ハンド・ヨットマンの殿堂入り と2007年1月16日にアメリカズカップを130年以上保持した超名門クラブのクルージング・クラブ オブ アメリカにてアマチュアのヨットマンとしては世界でも最高級の権威を持つ「ブルーウオーター・メダル」を受賞して参りました。
これを持ちまして一昨年(
2004年) より続けて参りました「チャレンジ7」に一応終止符を打ち新たに 「チャレンジ8」と呼称して、次の「西回り単独無寄港世界一周」 に世界最高齢での挑戦への準備に入りたいと思います。  

従来の記録は2003年、フランスのヨットマン、
ジョン・ルック・バンデンフィード氏(当時
58歳)が達成した12214時間の最短日数記録と世界最高齢となっています。
バンデンフィード氏は今回私と共に殿堂入りを果たした一人です。
この最短日数への挑戦は無理でも最高齢(
75)への記録挑戦は 可能です。

今回の「チャレンジ 8」は、私個人の私的な挑戦ではなく、 日本及び世界のヨットマン、そして60億人の人類を代表しての 大きな挑戦でもあります。

又、ヨットは総航海距離27万哩の酒呑童子U世に暫しの 休養を与え、新艇を建造して乗り換え、酒呑童子V世と致したく 予定しております。
私が現在計画しています
200810月の横浜港からの出港、
そして、
20096月の横浜港への帰港が「横浜港開港記念150周年」の年にあたります。日本最古のヨットクラブ
「横浜ヨットクラブ」の名誉会員であります私と愛艇「酒呑童子V世」がこの年に横浜港へ帰還できることは大変
名誉であり誇りでもあります。
 つきましては、関係当局・法人・団体の皆様のご理解とご支援を賜りたくお願い申し上げます。

 

2006901

斉藤 実

Challenge 8はヨットでの西回り単独無寄港世界一周を目指します。
予想コースは強い向風、想像を絶する海流と戦いながら舵を取ります。このコースは東回りと比べ難度の高いことで有名です。
2004年の東回りとは違い、地球の自転に対し、逆らって航行する為、基本的に風、潮が向かいから来る、 抵抗になる非常に苦しい航海になります。特に喜望峰を大西洋側から太平洋側へ渡る海域は世界の難所と言われ世界中のセイラーから恐れられています。 斉藤実はヨットでの世界7周の経験と操船技術を駆使した最後の海洋冒険Challenge 8に挑みます。

ケープ・ホーンの周回成功者は世界で257回で221人でなされております、日本人でケープ・ホーンを周ったのは7人その中で4回も周ったのは斉藤実、只一人です。
ちなみに、東回りは147周、西回りは110周の合計257周が単独ヨットでの周回です。

 チャレンジ 8 概要

形式: ヨットによる西回り単独無寄港世界一周

予想日付

地名

緯度

距離

所要日数

経度

2008/09

横浜港出港(予定)

N35.3

Km

Nm

 

E139.4

9500

5129

50d

2008/11/

オストラリア島東方

S44.3

E154.0

2750

1484

14d

2008/12/

オストラリア島西南方

S45.5

E114.4

7250

3914

40d

2009/01/

南アフリカ南方

S46.3

E20.5

5485

2961

30d

2009/02/10

ケープ・ホーン

S57.0

W66.4

6876

3712

14d

2009/03/

ガラパゴス島東

S01.3

W97.0

13596

7341

40d

2009/04/

マリアナ諸島

N10.5

E144.5

2690

1452

14d

 2009/06/

横浜港

N35.3

E139.4

47000

25997

202d

 ヨット: 60フィート スループ艇(予定)

総費用概算: 1億5千万円(サポートチーム費用を含む)

2008-2009の西回り単独無寄港世界一周航跡予定図 

プロフィール

単独世界一周レースの最高峰であるBOC、現在アラウンド・アロ‐ン (Around Alone)に3回出場し、日本で、最も世界の海を航海して いるヨットマン。総航海距離24万海里以上。ヨット人口の少ない 日本では無名だが、19989年第6回アランド・アローンレース 終了時の表彰式で欧米のヨット界は彼に「スピリット・オブ・アラ
ウンド・アローン」の称号を与えた。

60歳を越えて単独世界一周レースに3回も挑戦し、過酷なレース で多くの挑戦者がリタイヤする中、全てのレースを完走した。 そのチャレンジ・スピリットは高く評価された。

斎藤実さん

 単独世界一周レースの最高峰であるBOC、現在アラウンド・アロ‐ン (Around Alone)に3回出場し、日本で、最も世界の海を航海して いるヨットマン。総航海距離24万海里以上。ヨット人口の少ない 日本では無名だが、19989年第6回アランド・アローンレース 終了時の表彰式で欧米のヨット界は彼に「スピリット・オブ・アラ ウンド・アローン」の称号を与えた。

60歳を越えて単独世界一周レースに3回も挑戦し、過酷なレース で多くの挑戦者がリタイヤする中、全てのレースを完走した。 そのチャレンジ・スピリットは高く評価された。斎藤実さん

斉藤実(さいとうみのる)の経歴

193417 東京・浅草生まれ
194867 谷川岳を始めとする山々に登る。
1973 ヨットを始める。鳥羽パール(油壷―鳥羽)などに出場。
1986

オーストラリアで43ftのヨットを購入。 メルボルンー大阪レース(ダブルハンド)出場するが途中でリタイヤ。

1988 シングルハンドで日本からシドニーに航海中、台風1つ、サイクロン2つ遭遇するが乗り切る。
1989

オーストラリア一周ダブルハンドレースに出場、第三レグ、ダウインにて心臓発作で倒れリタイヤ。

1990 オークランドー福岡レースに出場。 (GHS部門3位)
1991

50ftクルージング・ヨットをレース用に改造。シドニー‐ニューポート(USA東海岸)12000海里を単独航海。 BOC単独世界一周レースの出場資格を獲得。

19901991

3BOC単独世界一周レースに出場。出場クラス第3位(19720時間)

1994 日本‐太平洋横断‐パナマ運河‐チャールストン(USA東海岸BOCレーススタート地)単独航海
19941995

4BOC単独世界一周レース出場(2度目の挑戦)出場クラス第6位。レース終了後、アメリカ東海岸‐英国‐地中海‐インド洋‐日本を単独航海 帰国 (地球連続2周達成)

1997 再度BOCレースに参加するため、日本‐オーストラリア‐南アフリカ‐英国 単独航海
1998 単独大西洋横断レースに出場し完走。(ファルマス‐チャールストンS.C.
19981999

改名した第5回アラウンド・アローン単独世界一周レースに出場。(3回目の挑戦)65才、最高年齢203日で完走。(クラス2第5位)

2001 帰路ケープタウン、タスマニアに寄港。回航を含め地球6周を記録。
20022003

6回アランウン・アローン レースは引退しレース本部スタッフとして支援。同時にクラス2優勝者への銀杯"酒呑童子"杯を寄贈。

2003年 外洋レーサー、斎藤実の航海と半生が克明に描かれた本『孤闘』を出版。
200410月‐200506月  最高齢にて、東回り単独無寄港世界一周を成功させる。
2006年07月14日 米国 ロードアイランド州のニューポートヨット博物館の殿堂入り
2007年01月16日 米国 クルージング・クラブ オブ アメリカの2006年度ブルーウオーター受賞
   
斉藤 実とアランドアローンレース=現在は5 Oceans
アランドアローン レースは、当初1982年英国のガス会社であるBOC社のスポンサーでBOCチャレンジとして設立され、その後4年に1回開催されている。第51998/9年レースからアランドアローンと改名された。次の第72006/7年から5-Oceansと改名され、オーガナイザーはSirロビン ノックス-ジョンストンにより開催される。 
第3回Around Alone(単独世界一周レース)196日/完走  5657
斉藤さんの「アラウンドアローン」への初挑戦は、90年から91年にかけて行なわれた第3回大会です。3月にオーストラリアのティンキャンベイにて進水した「酒呑童子II」はシドニーへの処女航海を経て、トンガに入港し、アラウンドアローンへの参加資格を獲得しました。そしてレーススタート地点のアメリカ北東海岸へと航路をとり、9月、ニューポートにてアラウンドアローンがスタートしました。その後は南アフリカのケープタウン、シドニー、南米最南端のケープホーン、ウルグアイの各チェックポイントを196日の時間をかけて通過し、スタート地点のニューポートに帰港します。この初参加の第3回大会では3位の成績を獲得しました。レース後、ニューポートを後にした斉藤さんと「酒呑童子II」は、プエルトリコ、パナマ、ガラパゴス、タヒチ、フィジー、ポナペ、グアム、小笠原父島を経て、処女航海の90年3月から実に2年と3ヶ月の時を経て、三崎港に入港しました。
第4回Around Alone(単独世界一周レース)223日/完走   6061
2年後、再び斉藤さんと「酒呑童子II」の冒険がスタートします。94年5月に三崎港を出港した「酒呑童子II」は、ロングビーチ、バルボアを経てチャールストンに入港、9月に第4回アラウンドアローンがスタートしました。前回レースとほぼ同じ行程を走破するレースですが、ケープタウンへ向かう途中、船の浸水によりブラジルのカバデロに寄港、またシドニーへの行程ではオートパイロットの故障によりタスマニアに寄港、そして更には台風並の寒冷前線に襲われ通信が断絶し23日後にフォークランドの漁船パトロールに発見されるなど、多くのアクシデントに襲われながらも223日かけて出発港であるチャールストンに帰港、完走を果たしました。レース後、斉藤さんと「酒呑童子II」は、ポーツマス、ジブラルタル、スエズ、エデン、マレーシア、シンガポールを経て、三崎港に帰港します。その間、再び漁船に衝突され右舷前に穴があき、貨物船に救出されるアクシデントに見舞われています。
 第5回Around Alone(単独世界一周レース)203日/完走   6465
多くのアクシデントに見舞われた航海からの帰港後約1年、97年4月に3度目の挑戦に向けた航海が始まります。4月に三崎港を出港した斉藤さんと「酒呑童子II」は小笠原父島、グアム、シドニーを経てタスマニアのホバートに入港します。ホバート出港直後、再び斉藤さんをアクシデントが襲います。メインシートに叩かれ左中指を骨折、負傷を抱えながら2週間走行しアルバニーで緊急入院した斉藤さんは2週間後に退院し再び出港、フリーマントル、ケープタウン、ポーツマスを経てファルモスに入港します。ファルモスから「単独大西洋横断レース」に参加し、ゴール地点のチャールストンに向かいます。「単独大西洋横断レース」からひと月後、第5回アラウンドアローンがスタートしました。この大会では大きなアクシデントもなく、チャールストンからケープタウン、オークランド、ケープホーンを経て出発港のチャールストンに203日かけて到着、3度目の完走を果たしています。第5回アラウンドアローンの終了後、途中アクシデントに見舞われながらもニューポート、ケープタウン、タスマニア、グアム、小笠原父島への航路を走り東京の夢の島マリーナに帰港しました。この航海中、ホバート入港時点で地球6周の記録を達成しています。
1998/9年第6回アランドアローン終了時の表彰式で欧米のヨット界は最年長挑戦者として、彼に「スピリット・オブ・アラウンド・アローン」 の称号を与えた。これを最後にレーサーとしての引退を決めた
2002 [5 OCEAN ] (単独世界一周レース)以降レースには参加しないが、優勝者に酒呑童子II杯を寄贈し主催側本部の支援している。
200410月‐200506 最高齢にて、東回り単独無寄港世界一周を成功させる。
2006年07月14日 米国ロードアイランド州のニューポートヨット博物館で殿堂入り
2006年01月16日 米国のクルージング・クラブ・オブ・アメリカのブルーウオーター・メタルの受賞
彼の記録はここ